INTERVIEW インタビュー

——『凪のあすから』という作品のもうひとつキーワードである“恋愛”についてですが、この作品ではどういう恋愛が描かれるのでしょうか?

篠原
中学生の男の子(光)の目線で描くということがひとつの大きなポイントだと思います。もう少し上の年齢になると大人の考え方というか、いろいろなことを考えてしまい思ったことをストレートに表現できないこともある。中学生の頃はまだ幼い分、些細なことでも敏感に受け取って心が大きく揺れ動く。心情に大きな振幅があるんですよね。そういう部分を男性キャラクターの目線から描いてみたいというのは、前々から思っていました。


揺れ幅をちゃんとキャラクターとして定着させたいというのは、初期の頃からありましたよね。

篠原
アニメでは、キャラクターを立たせるためにエッジの効いたシンプルな設定にする場合が多い。それはそれで分かりやすいキャラクターにはなるんですが、反面、幅が小さくなってしまう。でも本来人間はもっと幅を持っていて、ひとりの人間の中で平気で相反することを考えていたりもする。そういうリアルな部分を出せればいいなと。そうなった時、岡田さんの存在は欠かせないというのが、僕と辻君の中にはありました。


――岡田さんのどういうところが欠かせないのでしょうか?

篠原
いろいろあります。脚本のクオリティはもちろん、キャラクターの描き方も重要ですが、まずは“突破力”が欲しかった。オリジナル作品の場合、事前の打ち合わせだけでは具体的な映像のイメージを共有することが難しく、スタッフ間であってもコンセンサスがとれないこともあるんです。そういう時、岡田さんは「とにかく1本書いてみます」と第一稿をあげてくれるのですが、それが現場を動かす大きな突破力になる。


第一稿があがってきて、そこからワーッと広がったという感じでしたよね。

篠原
本当にそう。岡田さんは現状を一歩前に進める推進力がある脚本を書かれるんですよ。
それに彼女と組むと、間違いなく自分もスキルアップするのが分かる。脚本で要求されていることをきちんと作品に落とし込めたらとんでもない作品になるという確信が、演出に100%以上の力を発揮させているように感じます。


岡田さんの脚本には毎回驚かされるので、今度はどんなものを見せてくれるのだろう? というワクワク感がありますね。


――キャラクター作りに関してはどなたがメインに担当されたのでしょうか?

篠原
ほぼ岡田さんですね。キャラクター作りもそうなのですが、特にキャラクターの配置が上手い。作品におけるキャラクター配置って、モビール(天井などから吊るすオモチャ)に似ていると思うんです。どこかの錘(オモリ)を大きくするとすぐにバランスが崩れて別のところに釣り合いのとれる錘を置かなければならない。岡田さんは膨大なモビールを頭の中で構築できる人なんです。


――岡田さんの話題が出たので、スタッフィングについてお聞かせください。


美術監督の東地さんは企画立ち上げ当初から参加してもらっています。ただ最初に「海の中に村があって、主人公たちはそこで暮らしているんです」と説明した時、「どうしても美術がイメージできない」と言われました(苦笑)。作品においては基本的に監督の意見がすべてなんですが、背景を描くのは美術監督。東地さんにイメージがわかないと言われてしまうと、本当に大丈夫だろうかと心配になった時期がありました。あ、今はそんな心配全然無いですよ!(笑)。

篠原
東地さんは、光を緻密に描くことで得られる空気感や遠近感を非常に大切にされる方。ただ海の中を童話的な世界で描こうとした場合、今までと同じロジックでは適応できなくなるんです。簡単に言ってしまえば、嘘をつかないと描けなくなる。その嘘のロジックをどうやればいいのかというところで随分悩まれていました。でもぜひ参加してもらいたかったんです。東地さんが持っている光とか透明感は格別ですから。


――キャラクターデザイン・総作画監督に石井(百合子)さんを指名されたのは?


P.A.WORKS作品では、『花咲くいろは』でメインアニメーター、『Another』でキャラクターデザイン・総作画監督をやっていただいたこともあり、お願いしました。力強い絵を描かれますが、もっと柔らかいキャラクターも描けるのではないかと。特に『劇場版 花咲くいろは HOME SWEET HOME』を見てそう思ったんです。お願いをしたら快諾していただき、そこからブリキさん絵の研究がものすごかったですね。

篠原
一切妥協しないよね。


ブリキさんがキャラクター原案をされている作品、挿絵を描かれている小説を一通り見て、どういう特徴を掴めばアニメーションとして成立するかということを突き詰められていました。でも最初は海の中でどう動かせばいいのかなど、苦労されたと思います。


――今回は、キーアニメーターとして高橋英樹さんが参加されています。


今までP.A.WORKS作品のキャラクターデザイン・総作画監督は関口(可奈味)さん、石井さんや芝さんと女性が担当することが多かったんです。ただ今回、中学生の男の子の目線で描くということもあり、男性のアニメーターの方にもメインで立ってもらいたかった。また新しいスタッフの方にもP.A.WORKS作品に参加していただきたくて、高橋さんにオファーしたんです。高橋さんであればクオリティはもちろん、水などのエフェクトもお任せできる技術をお持ちですから。実は以前から声を掛けさせていただいていたのですが、その都度タイミングが合わずフラれていて(笑)。今回は絶対に引き受けてもらおうと、企画当初から某スタジオがある三鷹に通ってました。

篠原
実は高橋さんとは20年来の知り合いなんだけどもね(笑)。


それビックリでした!(笑)。あとスタッフの方で言うと、色彩設計の菅原(美佳)さんもP.A.WORKS作品初参加。PVを見ていただいても分かると思うのですが、背景に負けないぐらいキャラクターが立っている。それは菅原さんの色の力も大きいんですよね。特に透明感のある瞳が素敵でした。あとは撮影監督をお願いしたT2スタジオの梶原(幸代)さんには、『RDG レッドデータガール』に引き続き篠原監督と組んでいただきました。水の表現が得意な方なので、『凪のあすから』にはピッタリだと思いました。


――東地さんにしても石井さんにしても、『凪のあすから』の方向性はコレというのが決まるまで苦労されたのですね。

篠原
そういう意味ではスムーズにいったセクションが全然ない(笑)。あと音付けも同じく大変で、海の中で普通に暮らしている時の音はどうなるんだと。音響監督の(明田川)仁さんも「イメージがまったくわかない」とおしゃっていました。それはいかに我々がリアルなものの呪縛に捕らわれているかという証でもありますよね。


――それは確かにイメージするのが難しいですね。

篠原
でも本来アニメーションってもっと自由な表現力を持っているはず。それが作っているうちに無意識に決め事などに捕らわれてしまっていることもあるんです。今回『凪のあすから』では、その辺を何とか打破できないかなって。学校を舞台にした恋愛作品で、かつ日常を描くというのは他にも沢山ありますから、その中で特徴を出していくのは難しいと思う。そう考えた時、現実世界のある種の息苦しさから解放される方法がないかなと思っていました。それが海という舞台に繋がったんです。